エッジにおける AI の役割
最終的な目標が医用画像処理ワークフローの自動化により診断を迅速化することであっても、金属製造工場の運用効率を改善することであっても、エッジにおける AI の役割は変わりません。データを活用して、より迅速に行動することです。これを AI の領域においては、推論というタスクを通じて実現します。
推論時には、意思決定、アラートの送信、インサイトの提供、あるいは画像のソートなどのタスクを完了させるといった機能を実行するためにあらかじめトレーニングされた AI モデルにライブ入力データが供給されます。
エッジ AI は、実世界にあるデータを収集、分析するために、カメラ、データソース、センサーといったモノのインターネット (IoT) デバイスをたびたび使用します。例えば、電力などの公益事業会社が、塔、パイプライン、配管網などを悪人から守りたいとします。セキュリティー・ビデオやセンサーデータはエッジで処理でき、オペレーターにほぼリアルタイムで自動的に脅威を警告します。エッジ AI は、ほぼ瞬時にデータを収集して処理できるため、組織の機能を大幅に拡張でき、エッジにおいて AI 搭載アプリケーションや AI ベースの体験を幅広く実現できます。銀行のキオスク上で動作するチャットボットから、自動レーンアシストや衝突回避機能を搭載した自動車、街路や工場フロアにおける安全上の問題をほぼリアルタイムで警告する機能に至るまで、エッジ AI のユースケースは業界をまたいで非常に広範囲にわたります。
エッジ AI と従来の AI の比較
従来、AI は主にクラウドベースであり、データはデータセンターに送信されて、そこで処理され、分析後に返信されてきました。こうしたクラウド中心のコンピューティング・インフラストラクチャー・モデルは、時間を重視する企業のプロセスや運用にとって望ましいとは言えません。
企業における推論ユースケースの多くは、データを非常に迅速に分析することでメリットを得られます。リアルタイムのデータ処理が求められ、レイテンシーの要件が厳しいことも多いものです。接続性の悪い場所に導入する必要があることも当たり前なので、クラウド間での送受信時に、データパケットの喪失による遅延やエラーの影響を受けやすくなります。
こうしたニーズや課題に対応するため、エッジ AI は工場フロア、病院、店舗など、データソースがある場所でデータ分析を行います。アルゴリズムは現場に導入され、データはその現場において、中央ハブかエッジデバイスで直接、内蔵プロセッサーにより処理されます。
ハイブリッド・エッジ AI
エッジ AI とクラウド AI というこの 2 つのアプローチは、相互に排他的なものではありません。エッジにおける AI が進歩するにつれて、エッジとクラウドの間で推論ワークロードを分配するハイブリッド・エッジ・アプローチが広く普及すると期待されています。これは、エッジにおける軽量でほぼリアルタイムのインサイトを、クラウドにおける詳細なコンテキストにより強化できるという考え方です。
エッジの速度と効率性をスケーラブルなクラウドベースのリソースと組み合わせることで、ハイブリッド・エッジは多様な導入環境とパフォーマンスの需要がある最先端のアプリケーションを促進します。また、ハイブリッド・アプローチにより、企業は複数のモデルからの入力を自らのプロセスに集約できるようになります。
エッジ AI はコンピューター・ビジョンと関連付けられることが多いですが、エッジ AI の展望は、生成 AI (GenAI)、自然言語 (テキスト読み上げ、チャットボット)、ロボティクスを含むマルチモデル・アプリケーションにまで急速に拡大しています。こうした新たなユースケースは、業界を変革するものと期待されています。製造業においては、生成 AI 搭載ソフトウェアが機敏でダイナミックなサプライチェーンを促進し、自動運転車やスマート・インフラストラクチャー、スマートシティーが環境への負荷を軽減し、交通の流れを最適化するのに役立つ可能性があります。
エッジ AI のメリット
エッジ AI は、企業があらゆる複雑な課題に取り組んで、実環境の問題を解決するために貢献できます。AI をエッジに導入するメリットには、次のようなものがあります。
- 運用速度と効率性: イノベーションにとって極めて重要なことに、エッジにおける AI ベースの自動化によって、ほぼリアルタイムで自律的な運用が可能になり、クラウドベースの処理に伴う遅延がなくなります。レイテンシーとネットワークのボトルネックが最小限に抑えられ、データ転送速度が向上します。
- コスト効率: センサーとデバイスからのデータ量が増加することで、エッジ・コンピューティングのコスト効率は、クラウド間でデータを送受信するよりも高くなります。帯域幅の消費量や、クラウドベースのリソースの必要量が減ることで、運用コストの削減を後押しします。
- 省エネルギー: 電力効率の高いエッジ AI デバイスは、低電力コンピューティングを容易にするように設計されており、クラウドベースの処理よりも効率性が大幅に高まります。一方、データセンターとの間のトラフィックが最小限に抑えられるため、ルーターやスイッチなどのネットワーキング・ハードウェアの消費電力は低くなります。
- セキュリティーとデータ主権: 機密データをエッジに保持することで、現地でのコントロール、独立性、規制への準拠が確保でき、セキュリティーとプライバシーのリスクの軽減に役立ちます。
エッジ AI に関する考慮事項
AI をエッジ環境に導入すると、パブリック・クラウドやプライベート・クラウドで AI を実行する場合と比較して、次のような新しい課題が生じます。
- 既存の投資に AI を追加: 多くのエッジ環境は、レガシー、固定機能インフラストラクチャーにさまざまな独自の機器やソフトウェアを追加できます。フォーマットに互換性のない独自のテクノロジーをエッジ・ソリューションと統合すると、技術的な課題が生じる可能性があります。
- トレーニングと微調整モデル: エッジ AI モデルはユニークであり、特定の業界やユースケースに合わせて調整する必要があります。このような場合、人間の領域知識はしばしば重要となります。企業には、データサイエンティスト以外の専門家が、自らの専門知識を AI 機能に変換するのに役立つシンプルなツールが必要です。
- ハードウェアの多様性に対処: エッジネイティブ・アプリケーションは、多数のノード、オペレーティング・システム、接続プロトコル、コンピューティングとストレージのニーズ、エネルギーとコストの制約、コンプライアンスの懸念など、複数にまたがる可能性があります。開発者はこの複雑さに対処し、分散型で異種混在のコンピューティング環境をサポートする方法を必要としています。
- 分散アプリケーションの保護と管理: 企業は、エッジでの高度な AI のサポートを求めるため、新たな課題に直面しています。管理機能は AI を大規模に適用するために重要であり、セキュリティーはあらゆる段階で必要不可欠です。
- 過酷な条件、制約のある条件のための計画: エッジ環境は、熱、湿気、振動など、AI ハードウェアにさまざまな種類のストレスを与えます。交通監視や品質保証などの利用用途向けのエッジ AI ソリューションは、多くの場合、物理的に狭い場所に設置する必要があります。低消費電力で実現することも、コストを制御し、サステナビリティーを推進するために重要です。
エッジ AI ソリューション
エッジ AI テクノロジーを用いて業務活動をいかに最新化するかということは、深く多面的なテーマです。製造や産業などに携わる組織の中には、ほぼリアルタイムのデータを使用して価値を提供するようなデジタル企業に進化しようと、エッジ・テクノロジーや「インテリジェンス」をレガシーな運用機器に追加することを模索しているところもあります。また、金融業界やヘルスケア業界など、膨大だったり違いが大きすぎたりして、人間による監視や分析には向かない、大規模なデータ中心型のオペレーションもあります。これらの組織は、パターンやインサイトをより迅速に発見し、効率性、コンプライアンス、およびデータセキュリティーを高めるため、データ処理のデジタル化と自動化に向かっています。
組織の対処しようとする課題が何であれ、AI 導入に段階的に取り組むことをお勧めします。最先端で幅広いユースケースではエッジ・ツー・クラウド・テクノロジーの AI テクノロジー・スタックが必要ですが、エッジ AI には巨額のインフラ投資なしに取りかかれます。現在エッジ環境のある企業は、AI に今すぐとりかかれる準備が整っている可能性が高いといえます。ポイント・オブ・セール (POS) システム、産業用 PC、医療事務所のローカルサーバーなどといった既存のエッジ・コンピューティング・リソースは、コンピューター・ビジョンなどを含む多くの AI ワークロードをサポートできます。
統合に関する考慮事項
エッジ AI ソリューション導入における主な課題は、コンピューティング・インフラストラクチャー、IoT デバイス、レガシー機器など、ソリューションを構成するさまざまな部分を調整することにまつわる複雑さを克服することです。一元化されたテクノロジー・プラットフォームは、この複雑さを軽減し、複数の AI 環境間の相互運用性と、異機種が混在するインフラストラクチャー全体にわたる標準化を促進することで、エッジからクラウドまで統一的なファブリックを作成するために役立ちます。
ハードウェアに関する考慮事項
クラウドにおけるモデルのトレーニング、微調整、エッジでの導入のいずれにおいても、適切な AI ハードウェアを選択することが、企業が投資規模を適正化し、パフォーマンス要件をサポートするために役立ちます。
AI プロセッサーは、非常に複雑なモデルのトレーニングから、エンドユーザーのデバイスに AI を組み込むといった単純なニーズに至るまで、AI パイプライン全体をサポートします。
- 内蔵アクセラレーター・エンジン搭載の中央処理装置 (CPU) は、多くの高度なエッジ AI ワークロードを特殊なハードウェアなしに強化するために役立ちます。
- GPU ソリューションは、データセンター、エッジ、またはエンドユーザーのデバイスにおける非常に負荷が高いワークロードを強化するために役立ちます。
- FPGA は AI アクセラレーターや AI プロセッサーとして、エッジからクラウドに至るまで AI ワークロードを実現するためにしばしば使用されています。CPU や GPU と比較して、FPGA は汎用性が高く、幅広いユースケースに合わせて再構成できます。FPGA は、速度、プログラマビリティー、柔軟性の組み合わせにより、カスタムチップの開発にかかるコストと複雑さを伴わずにパフォーマンスを実現します。
導入アプローチの選択
AI アプリケーションをエッジまで拡張することを求める組織は、通常、次の 3 つのカテゴリーに分類されます。まず、専用 AI ソリューションやアプリケーションの購入を求める組織。次に、独自の AI アプリケーションの開発を求める組織。そして、これら 2 つのアプローチの組み合わせにより AI の目標達成を求める組織です。
AI ソリューションの構築: 独自のエッジ AI ソリューションを一から構築したい場合には、AI ワークフローの構築、導入、反復を行い、幅広い相互運用性とプロトコルのサポートを実現するため、ベンダーに依存しないエッジネイティブなソフトウェア・プラットフォームが役立ちます。また、エッジネイティブ・プラットフォームを導入することで、分散したエッジ環境全体にまたがる AI ソフトウェアの管理と更新が容易になります。
プラットフォームを吟味する際は、次の点を調べることが重要です。
- エッジ全体でよく見られるヘテロジニアス・コンピューティング環境のサポート
- AI の取り組みを将来的にも生かすためのオープン・スタンダード
- プロコードおよびローコード開発のオプション
- 既存のアプリケーションをインポートする機能
- ハードウェアの規模を適正化し、アプリケーションを最適化するために役立つ統合テレメトリー・ダッシュボード
- 統合セキュリティー機能
- クラウド的な自動スケーリングやコンテナ化機能
既成の AI ソリューションの購入: 企業組織は、ソリューション・プロバイダーやシステム・インテグレーターから AI ソリューションを購入することもできます。これらのベンダーは、特定の業界におけるユースケースやニーズに合わせた統合ハードウェア・システムおよびソフトウェア・システムを提供します。相互運用可能な AI 機能と、業界およびドメインにおいて導入に成功してきた実績のあるマーケットレディー・ソリューションを選択することが重要です。
複合的なアプローチの選択: 多くの組織では、独自の開発努力を既成のコンポーネントと組み合わせることが、AI の成功を実現するための最も効率的な方法であると考えています。エッジ AI のユースケースを示す、さまざまなチュートリアルやリソースが用意されており、価値創出にかかる時間の短縮や開発の簡素化に役立ちます。さらに、フレームワーク、ツールキット、業界固有の開発ツール、リファレンス・アーキテクチャー、リファレンス実装など、開発の効率化を後押しする幅広いソフトウェア・リソースがあります。