輸血患者の行動を AI で検知

和歌山県立医科大学附属病院は、患者の QOL を保ちながら治療の安全性向上を図るために映像認識を使用。

概要:

  • 和歌山県立医科大学は、1945年に創立されました。

  • 和歌山県立医科大学附属病院は、インテル® ディストリビューションの OpenVINO™ ツールキットと 2D 人物姿勢推定モデルを用いて、在宅輸血中の起き上がりや肘曲げなどの患者の行動を判定する研究を進めています。

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課題: 患者の QOL を向上する目的で在宅輸血が一般的になっているが、有害事象が生じた場合の医師による即時対応が必要

骨髄異形成症候群、再生不良性貧血、白血病、多発性骨髄腫、悪性リンパ腫などの血液疾患に苦しむ患者の負担を和らげるため、不足した赤血球や血小板を補う輸血を患者宅で行う、在宅輸血が一部の医療機関で始まっています。病院内での輸血が望ましいとしても、入院や定期的な来院を困難に感じる患者もいるため、在宅輸血により患者の QOL 改善を図ることが目的です。

ただし、輸血療法には、発熱や痒みなどのアレルギー反応だけでなく、低血圧や呼吸困難などの重篤な有害事象が起こる可能性があるため、輸血中および輸血後に、医師、看護師、患者付添人 (一般的には家族) の付き添いが必要です。1患者付添人が付き添っている際に有害事象のいずれかが認められた場合、その付添人は速やかに医師に連絡しなければなりません。

医療情報部長、西川彰則博士。輸血部次長(准教授)。和歌山県立医科大学附属病院。

和歌山県立医科大学附属病院の西川彰則博士(准教授、輸血部)とそのチームにより、このような有害事象の発見と対応をよりスムーズに行うことを目的としたテクノロジーの利用が始まっています。

「医師は、他の患者への往診もあるため、輸血が完了するまで付き添うのは現実的に難しく、輸血開始後は患者付添人または訪問看護師に監督を任せるのが一般的です。ただし付添人は家事などで患者から目を離すことがあるため、テクノロジーを活用して患者の状況をモニタリングして、安全性の向上に役立てようとしました」と、西川博士は述べています。

和歌山県立医科大学附属病院。

和歌山県立医科大学附属病院が最初に実施した取り組みは、バイタルサインのリモート・モニタリングでした。このプロジェクトで、患者は胸に心電計、人差し指にパルスオキシメーターを装着します。収集したデータを Bluetooth 経由でベッド脇のスマートフォンに送信し、スマートフォンから 4G ネットワーク経由で病院にデータを送信して、そこで臨床医がモニタリングするというシステムです。

西川博士は、この研究の経緯について次のように説明しています。「同意を得た複数の患者でテストを実施したところ、いつくかの問題点が見つかりました。寝返りなどの体動で心電計にノイズが入ったり、指先が冷えてパルスオキシメーターで正確なデータが取れなかったりしたのです。そこで、AI と映像を組み合わせて、患者の体動を検知できないか調べることにしました。」

ソリューション: 輸血中の危険行動を検知する映像認識に、インテル® ディストリビューションの OpenVINO™ ツールキットを採用

西川博士は、ディープラーニングによる映像認識によって、輸血中の次のような行動の検知を目指すことにしました。

 

  • 転倒や輸血管の誤抜につながる可能性のある、輸血中の起き上がりや立ち上がり
  • 滴下不良や閉塞につながる可能性のある、上肢 (針を刺入れている右腕または左腕) の屈曲

「認知機能に衰えがみられる高齢の患者もいますので、輸血中は起き上がらないでください、腕を曲げないでください、といった注意が守られないことも多いのが実情です。バイタルサインのモニタリングだけでは判別できない、このような危険行動の検知によって、輸血中の安全性をさらに高めたいと考えています」と、西川博士は述べています。同氏が、在宅輸血中の危険行動の検出に採用したのが、OpenVINO™ ツールキットでした。「日本医療情報学会でインテルのスタッフに話を聞いた際に、OpenVINO™ ツールキットを用いた姿勢検知のデモを見せてもらいました。さまざまな学習済みモデルがサンプルとして用意されているなど、ディープラーニングに精通していなくても、容易に使えそうだと感じました」と、同氏は説明します。

標準的なモデルが提供される OpenVINO™ ツールキット: 体位の判定に 2D の人物姿勢推定モデルを採用

OpenVINO™ ツールキットは、他のディープラーニング・フレームワークで開発された推論モデルを、インテル製プロセッサーなどのハードウェア・プラットフォーム上で実行できるように最適化を行うツールです。デモや評価を目的とした標準的な学習済みモデルも提供されているため、これらのモデルを使用する場合はフレームワークを必要としません。

ツールキットは、人、車両、その他の物体を対象とした物体検出モデルのほか、物体認識モデル、人物追跡モデル、セマンティック・セグメンテーション (分類) モデル、インスタンス・セグメンテーション・モデル、人物姿勢推定モデル、画像処理モデル、文字検出モデル、手書きや数式を含む文字認識モデル、動作認識モデルなどを提供します。

その中で西川博士が着目したのが、人物の画像から両耳、両目、鼻、首、両肩、両肘、両手首、骨盤左右、両膝、両足首の合計 18 個のキーポイントを検出する、2D 人物姿勢推定モデル (モデル名: 「human-pose-estimation-0001」) です。

human-pose-estimation-0001 は、人物の関節を推定する、カーネギーメロン大学の OpenPose テクノロジーを用いて開発されています。計算量を大幅に削減する MobileNet v1 という畳み込み手法に基づいているため、通常の PC でも実用的な速度で姿勢推定が行えます。

図 1: 和歌山県立医科大学附属病院が開発した在宅輸血患者の危険行動検知システムの概要

仕組み: 体位を判定するために Python を用いた独自アルゴリズムを実装 - 起き上がりや上肢の屈曲を検知して医師に通知

在宅輸血患者向けの異常行動検知システムの概要を図 1 に示します。同意を得た患者宅のベッド脇にスマートフォンを設置し、撮影した映像を Zoom 経由で和歌山県立医科大学附属病院の PC で受信し、OpenVINO™ ツールキットの人物姿勢推定モデルおよびアルゴリズムを使用して危険行動を検知し、医師に診断してもらうよう通知されます。医師は、Zoom スマートフォン・アプリで患者の映像を確認し、患者付添人と連絡を取りながら、再度の往診など適切な対応を行います。

在宅輸血患者の異常行動を検知するには、その最初の段階として、臥位、座位、立位など、体位の状態を識別する必要があります。

「ベッド脇に設置したカメラで撮影した映像を、Zoom 経由で OpenVINO™ ツールキットの人物姿勢推定モデルに送信します。モデルにより出力されたキーポイントの座標から頭部 (首)、上半身 (体幹)、太腿の傾きを求め、それを使用して体位を判定します」と、西川博士は説明します。

図 2: OpenVINO™ ツールキットの 2D 人物姿勢推定モデルの出力 (右) から体位を判定するアルゴリズムのフローチャート

アルゴリズムの概要を図 2 に示します。患者が布団をかぶっていて首の角度しか観察できない場合、首の角度が一定値以下であれば「臥位」と判定し、首と体幹が立っていて大腿の角度が水平に近い場合は「座位」と判定するように、フローが構築されています。しかし、姿勢推定モデルはノイズ (誤推定) を出力する可能性があるため、500 回 (約 60 秒のモニタリングに相当) のデータポイントから平均値をとって体位を決定しています。

体位が変化した場合 (例えば臥位から座位)、または上肢の屈曲が 3 分以上続いた場合、図 1 の左下のように、医師に通知されます。

株式会社サイバーリンクス、公共クラウド事業部課長補佐、楠本嘉幹氏 LTD.

株式会社サイバーリンクス が、OpenVINO™ ツールキット・ベースのプラットフォームの構築と Python によるアルゴリズムの実装を担いました。サイバーリンクス社の楠本嘉幹氏は、「第10世代インテル® Core™ プロセッサー・ファミリー (ハードディスク・ドライブ 1TB) が、和歌山県立医科大学附属病院の異常行動検知システムに採用されています。また、OpenVINO™ ツールキットのインストールや人物姿勢推定モデルの活用にも問題はありません。高価な GPU のサーバーを必要としない、汎用 CPU 搭載 PC でプログラミングできる AI 導入の新たな可能性を感じました」と、説明しています。

図 3: 14 回の在宅輸血を対象に行った異常行動検知システムの試験運用の結果

結果: 14 回の在宅輸血の試験運用で、実際の患者の体位とシステムによる体位の判定が約 90% 一致することが判明

試作したシステムの試験運用は、在宅輸血に積極的に取り組んでいる赤坂クリニック (神戸市灘区) の協力のもと実施されました。14 回の在宅輸血における結果を図 3 に示します。青色のグラフはシステムが体位の変化を判定して医師に通知を送信した回数で、オレンジ色のグラフは通知を受けた医師が映像を確認したときに、患者が判定どおりの体位をとっていた回数です。

臥位と座位については、判定と実際の体位との一致率が 90% 前後となり、ほぼ問題のない精度で判定できていることが確認されました。一方、立位については、通知後に映像を確認しても、立ち上がり姿勢は認められませんでした。その理由について、西川博士は「設置したカメラの正面近くに患者が座った場合、大腿部の角度はほぼ垂直に見えます。そのため、現状の人物姿勢推定モデルと判定アルゴリズムの組み合わせでは、立ち上がっていなくても、立位と判定されると考えられます」と説明します。図 3 の右欄に示すように、14 回の在宅輸血中の通知数は、平均 7.5 件でした。西川博士は、この程度の通知頻度であれば、他の患者の往診をしている医師でも、対応できると考えています。通知は最大では 18 件でしたが、上肢の屈曲が 3 分以上続いた場合には、3 分ごとに通知するよう設定されていたため、患者の上肢の屈曲が長く続いたことで、通知件数が増加した結果でした。

若干の誤判定が認められていますが、西川博士は「在宅輸血では患者付添人がいることが基本です。このシステムとバイタル・モニタリングは、あくまで追加のサポートにすぎません。1 分 1 秒を争う判定スピードを求められることもないため、基本的な機能と性能は確認できたと考えています」と、総括しています。

本研究は、日本輸血・細胞治療学会臨床研究推進事業の支援を受けて実施され、その結果は、2021年6月に開催された第 69 回日本輸血・細胞治療学会の学術総会で発表されました。

西川博士は今後、転倒につながる可能性が高い急激な体位変化 (起き上がりまたは立ち上がり) の検知などにも取り組んでいきます。また、和歌山県立医科大学附属病院では、既存の PC を用いた有害事象の判定処理を行っています。OpenVINO™ ツールキット、判定アルゴリズム、バイタル・モニタリング機能を備えた小型 PC を患者の自宅に設置する、いわゆるエッジ・コンピューティングの運用についても検討を予定しています。

在宅輸血については安全性と運用を含めて継続的に支援されていますが、治療を行う医療側の負担となるため、まだ一般的とはなっていません。一方で、高齢化が進む日本では、訪問診療を受けながら自宅で過ごしたいというニーズが高まっていくと予想されます。患者ケアと安全性の向上、患者付添人の負担の軽減に関する西川博士の研究を通じて、今後より多くの医療機関で在宅輸血の導入が促進されるかもしれません。

インテル® ディストリビューションの OpenVINO™ ツールキットは、ディープラーニング・アプリケーションの開発を最適化します。インテル® ディストリビューションの OpenVINO™ ツールキットは、ハイパフォーマンス・コンピューティング・ビジョンおよびディープラーニング・アプリケーションの開発を高速化する、開発者とデータ・サイエンティスト向けに設計されたオープンソースのプラットフォームです。畳み込みニューラル・ネットワーク (CNN) をベースに、Caffe や TensorFlow などのフレームワーク向けのモデル・オプティマイザー、コンピューティング・ビジョン・アクセラレーター向けの推論エンジン、インテル製ハードウェア向けの一般的な API を備えます。

ツールキットは、インテル® Xeon® プロセッサーインテル® Core™ プロセッサーインテル® Movidius™ Myriad™ X ビジョン・プロセシング・ユニット (VPU)インテル® プロセッサー・グラフィックス・ユニット (GPU) で動作します。2

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